何もかもがいい加減なような気がして下を向いてばかりの七月です。
去年、この場に書いた織姫嬢はおなかも大きくなり、マイペースに輪をかけてのんびりペースで机に向かっています。こりゃ俺と同じ誕生日を迎えそうだとカラカラ笑ったら、不吉なことを言うなと叱られました。
四月から朝日新聞で漱石の「こころ」が連載されています。普段新聞小説など読まない僕ですが、読み尽くしたこの話を改めて読んでいたりします。「100年ぶりの連載です」と言っていますが、今時電子書籍では版権切れで無料で読めるので、少しでも興味のある人であれば新聞でわざわざ続き物にしなくても読んでるんでしょうけど、そういっちゃミもフタも無いかと。元が連載だったのを改めて連載として読むのは悪くありません。
こんな風に読んでるんだからそのうち自分自身が死んでしまうように思うのですが、僕には始まりの精神も終わりの精神も、つまりは命を殉ずる程の精神的思想は無いので、しばらくは大丈夫だと思います。
漱石を読み出すと最初に惚れてしまうのは、大抵の場合「三四郎」の美禰子さんでしょうが、惹かれるという意味では「こころ」の奥さんですかね。ごくごく普通の人なんですけど、明治言葉と相まってその醸し出す雰囲気が何ともはや。多分男はこういう女性は好きな筈です。文学的な解釈では邪道かもしれませんけど、こと、漱石の小説ではこういった人間表現に気を向けるのは決して変な仕草では無いだろうと。それだけ女性表現が秀逸だということです。一方で人の心の闇をえぐるからこそ、女性が引き立って見えるのです。
ま、僕は「虞美人草」の『紫の女』藤尾さんのような利己的な女性が結構好きですがね。