前略...

最後に会ったのはいつだったっけか?

三ノ宮駅出た所だったかな?僕が夕飯何しようかと考えながら煙草吸ってたところに、買い物帰りだかの自分に声をかけられたような。
何年前だったろう?
あの後、喉を壊して煙草をやめたんだから、少なくとも5~6年は経ってるんじゃないか?

元気にしてるんだろうか?旦那さんとは仲良くやってるだろうか?なんとは無しにふと思うこともあったさ。同じ神戸に住んでいるんだし働き場所も聞いていたんだから、近況伺いで顔を見に行っても良かったんだけど、なんとなく気が引けてしまった。僕の家は王子公園にあって毎週のように三宮や元町に出ていたし、会社が終わって夕飯取るのも結構な割合で大阪から神戸まで出ていたんで、ひょっとしたらすれ違うような事もあったのかもしんない。

そうこうしているうち、3年と少し前の秋、東京異動の内示が出た。その当時一部署滞留の所属長としては僕が一番長く、大体のことはやり尽くしたかな、という気もあった。けどどちらかと言えば、何か自分を変えるために、と思い、環境を変えるつもりで大阪を出て別の場で仕事が出来ればという考えで異動願いを出していたのよ。大学に入る為に京都に出てから10数年、関西自体はすごく好きで思い入れもあったけれど、例の事情もあって別の場所で生活のリセットボタンを押してみようと。で、翌年の2月末、今からほぼ3年前に異動願いが通って神戸から東京に引っ越すことになった。

出る時にさ、本当は元町まで挨拶に行くつもりでいたんだ。さすがに関東行となればそれまでの引っ越しとは違うからさ。けど、普段やり取りをしているわけでもなく、そちらは仕事中なわけだしいきなり行ったら悪いかと勝手に自分で都合をつけて黙って出てってしまった。今からじゃなんとでも言えるけど。

東京での仕事は大阪と同じWeb制作。会社のWebサイトトップ画面担当だから、かたち上は栄転。けど実態は、部下の数は5分の1以下に減り、大阪ではWeb関連全てを扱っていたのが東京は業務の分業制で担当分野が狭くなり、やっている事で言えば自分にとっては左遷に見えた。ただ関西時代に培っていた制作技術があったから関東ではその点が結構重宝されたけど、お金を持っているところなんで業者に依頼して仕事をする分野が多く、とてもじゃないけど大阪時代みたいに部下のスキルを鍛えて組織を強くするなんてことは求められなくなってしまった。でも何とか一年はその部署で続いたわ。翌年の春、元上司がやっているところでWeb屋を探してたようで、そっちの方をかじっているスタッフとして丁度いいところに大阪時代の部下がいるということで声がかかり、今の部門に落ち着くことになった。
仕事ではそんな感じだろうかしら。

結婚?

何とかすることが出来たよ。おととしの12月に。もう無理なんじゃないだろうかと思ったけど、わからないね、どのように転ぶかなんてね。それなりに(山も谷も無いけど)ほんわかと暮らしてます。すごい普通の生活だけど。

一旦はこんな感じかな。

ぼちぼち書いてみます。